経済の下における利己心の作用をもって、経済社会進歩の根本動力と見なす。経済上における個々人の利己心の最も自由なる活動をもって、社会公共の最大福利を増進する最善の手段となす。しかるに、元来人は教えずして自己の利益を追求する性能を有する者である。この派の思想に従えば、自由放任はすなわち政治の最大の秘訣である。
個人ををしてほしいままに各自の利益を追求せしめておけば、これにより期せずして社会全体の福利を増進しうる。それが経済の最も巧妙なるゆえんである。すなわち経済を謳歌し、その組織の下における利己心の妙用を嘆美する。自由放任ないし個人主義をもって政治の原則とすることが、いわゆる経済の趣旨とする。
経済の下において、国家の保護干渉を是認し、利己心の自由なる発動になんらかの制御を加えんとするかの国家主義、社会政策のごときは、いずれも皆異端である。個人主義者は、幾百万の人々が種々雑多の欲望をもって目覚めると説く。いかに偉い経営者が出て、あらかじめに計画を立てたとて、数百万の人々の種々雑多の欲望を、規則正しく満たして行くことは、到底企て及べない事である。個人主義者は経済を謳歌するのであるが、今の世の中は、金ある者にとってはまことに重宝な世界である。
よけい金をもっている者は、広い世間に数限りなくいるが、その人々は他人のためには一挙手一投足の労を費やすことなくても、争いてよけい金を持っている者に対して、さらに人々は多くの親切をしている。金のある人は、その世の中ほど都合よくできているものはない。命令するでもなく計画したでもないのに、世界中の人が一生懸命になって他人のために働く、人知でも不思議に巧妙をきわめている。
しかし、気の毒なのは金のない市民である。一文もなくなったら、市民は追い出されて、この広い世界に枕も置くべき所もない。世の中は便利しごくのしくみはないが、しかし金ののない者にとっては、不便しごくのしくみはない。
今日多数人に経済が届かないのは、経済という大切な事業が私人の金儲けの仕事に一任されている。一国の軍備でも教育でも、私人の金儲けの仕事に任せれば、到底その目的を達せられない。それで各種の方面に遺憾な事が絶えないのである。
河上 肇