謀叛に対する警戒として、平民は帯刀を禁止せられていた。平民の行動を監視するために、たくさんの目付が置かれていて、少しでも不満の様子があれば厳罰に処せられた。沈黙の恐怖が平民につきまとっていた。というのは凡ての壁に耳が生えているように思われたから。彼等の務めは只働いて服従することがあって、疑いを抱いてはならなかった。如何に富裕で諸芸に通じていても、平民と生まれたものは平民に終わらなければならなかった。峻厳な慣例と掟に囲まれていたので、平民の勢力は、その捌口を浮薄の生活かさもなければ世をはかなむ宗教に求めねばならなかった。宗教は、比較的真面目な平民にとっては印度の熱心な帰依者の間に明かに現れている彼の仏の御慈悲を専らにしようとして、阿彌陀佛の大慈大悲を頼むにあったというということに何の不思議があろう。比較的薄志弱行の輩が、馬鹿げ行いを理想化して已を忘れようとつとめたことを、咎め立てすることが出来ようか。
岡倉 覚三「日本の目覚め」
岡倉 覚三「日本の目覚め」