およそ国の患うべきは、国民の心の一致せざるより甚だしきはなし、書経の秦誓に紂有臣億万惟奥万心、朕有臣三千惟一心とあるのは、実に殷周の興亡する所以なり。印度は人口二億を有し、東洋第二の大国なりしも、国民の心の一致せざるよりして、竟に英国の侵掠を受け分裂滅亡の惨禍に罹れり。およそ何れの国にても、官吏は租税を取るの職にして、国民は租税を出すの職なり、取る者はその多からんことを欲し、出す者はその少なからんことを欲するは人情なり、これ官民の一和せざる所以なり。また国民が宗旨の同じからざる、学問の信ずる所の同じからざる、政治上の意見の同じからざる保守改進等は、何れも民心の一和を妨ぐる者なり。しかるに今道徳の学会を開き、同志の者は官民を論ぜず、宗旨の異同を問わず、政治の意見の如何に関せず、盡く合して会友となり、道を論じ教を説き、公道の従いて私見を去り、愛国心を先にして、一身の利害を後にし、胸筋を開きて互に相結ぶときは、国民の一和を固うするの方法是より善きは無かるべし。
西村 茂樹「日本道徳論」
西村 茂樹「日本道徳論」