廟堂に立ちて大政を為すは天道を行ふものなれば、些とも私を挟みては済まぬもの也。いかにも心を公平に操り、正道を踏み、広く賢人を選挙し、能く其職に任ふる人を挙げて政柄を執らしむるは、即ち天意也。夫れゆゑ真に賢人と認る以上は、直ちに我が職を譲る程ならでは叶はぬものぞ。故に何程国家に勲労有る共、其職に任へぬ人を官職を以て賞するは善からぬことの第一也。官は其人を選びて之を授け、功有る者には、俸禄を以て賞し、之を愛し置くものぞと申さるるに付、然らば尚書、仲虺乃作誥に「徳懋んなるは官を懋にし、功懋んなるは賞を懋んにする」と之れ有り、徳と官と相配し、功と賞と相対するは此の義にて候ひしやと請問せしに、翁欣然として、其通りぞと申されき。
西郷隆盛「西郷南洲遺訓」
西郷隆盛「西郷南洲遺訓」