2016/08/07

戦争に懲りない戦争

1945(昭和20)年1月1日

 昨夜から今暁にかけ3回空襲警報となる。焼夷弾を落としたところもある。一晩中寝られない有様だ。僕の如きは構わず眠ってしまうが、それにしても危ない。
 配給のお餅を食って、お目出とうをいうとやはり新年らしくなる。曇天。
 日本国民は、今、初めて「戦争」を経験している。戦争は文化の母だとか、「百年戦争」だからといって戦争を賛美してきたのは長いことだった。僕が迫害されたのは「反戦主義」だという理由からであった。戦争は、そんなに遊山に行くようなものなのか。それを今、彼らは味わっているのだ。だが、それでも彼らが、ほんとうに戦争に懲りるかどうかは疑問だ。結果はむしろ反対なのではないかと思う。彼らは第一、戦争は不可避なものだと考えている。第二に彼らは戦争の英雄であることに酔う。第三に彼らに国際的知識がない。知識の欠乏は驚くべきものがある。
 当分は戦争を嫌う気持ちが起ろうから、その間に教育をしなしてはならない。それから婦人の地位をあげることも必要だ。
 日本で最大の不自由は、国際問題において、相手の立場を説明することができない一事だ。日本には自分の立場しかない。この心的態度をかえる教育をしなければ、日本は断じて世界一等国となることはできなぬ。総ての問題はここから出発しなくてはならぬ。
 日本が、どうぞして健全に進歩するようにーそれが心から願望される。この国に生まれ、この国に死に、子々孫々もまた同じ運命をたどるのだ。いくくでのように、蛮力が国家を偉大にするというような考えを捨て、明智のみがこの国を救うものであることをこの国民が覚るようにー。「仇討ち思想」が、国民の再起の動力になるようでは国民に見込みはない。
 僕は、文筆的余生を、国民の考え方転換のために捧げるであろう。本年も歴史を書き続ける。幸いにして基金もできた。後世を目指して努力しよう。
 本年の予想ードイツは本年度中に敗戦するであろう。大東亜戦争は本年度中には片はつくことはないであろう。ダンバートン・オークス案は成立するであろう。そうすると日本だけが、孤立奮闘するような事情が生まれるであろうことも想像できる。

清沢 洌 「暗黒日記」