2016/08/28

殺人刀は天道の成敗

殺人刀

 古にいえる事あり、「兵は不祥の器なり。天道これを憎む。止むことを得ずしてこれを用いる、これ天道なり」このこと如何にとならば、弓矢・太刀・長刀、これを兵といい、これを不吉不祥の器なりといえり。その故は、天道は物本来の生命力をいかす道なるに、かえって殺す事をとるは、まことに不祥の器なり。しかれば天道にたがう所をすなわち憎むといえるなり。
 
 しかあれど、止むことを得ずして兵を用いて人を殺すを、また天道なりという。その心は如何となれば、春の風に花咲き緑そうといえども、秋の霜来て、葉おち木しぼむ。これ天道の善をなし悪を敗成るなり。物が十分に出来上がる所を、打つことは理あればなり。人も運に乗じては、悪をなすといへども、其悪の十成する時は、これをうつ。心をもって、兵を用いるも天道なりといへり。一人の悪によりて万人苦しむ事あり。しかるに、一人の悪をころして万人をいかす。これら誠に、人を殺す刀は、人をいかすつるぎなるべきにや。

 その兵を用いるに法あり。法をしらざれば、人をころすとして、人にころさるるならし。熟思う、兵法といはば、人と我と立ちあうて、刀二つにてつかう兵法は負くるも一人、勝つも一人のみなり。これはいとちいさき兵法なり。勝ち負けともに、その得失わずかなり。一人勝ちて天下から、一人負けて天下まく、これ大なる兵法なり。一人とは大将一人なり。天下とは、もろもろの軍勢なり。もろもろの軍勢は、大将の手足なり。もろもろの勢いをよくはたらかぬは、大将の手足はたらかぬなり。太刀二筋にて立ちあふれて、習にとらわれずに自由自在に刀を使うことをなし、手足よくはたらかして勝つごとくに、もろもろの勢をつかい得て、よくはかりごとをなして合戦に勝つを大将の兵法というべし。

柳生 宗矩「兵法家伝書」

2016/08/27

早急なる青年の腹切と仇討

  切腹をもって名誉となしたることは、おのずからその濫用に対し少なからざる誘惑を与えた。全然道理にかなわざる事柄のため、もしくは全然死に値せざる理由のために、躁急なる青年は飛んで火に入る夏の虫のごとく死についた。混乱かつ曖昧なる動機が武士を切腹に駆りしことは、尼僧を駆りて修道院の門をくぐらしめるよりも多くあった。生命は安くあった。世間の名誉の標準をもって計るに安いものであった。最も悲しむべきことは、名誉に常に打歩が付いていた。いわば常に正金でなく、劣等の金属を混じていたのである。
 しかしながら、真の武士にとりては、死を急ぎもしくは死に媚びるは等しく卑怯であった。一人の典型的なる武士は一戦また一戦に敗れ、野より山、森より洞へと追われ、単身飢えて薄暗き木のうつろいの中にひそみ、刀欠け、矢尽きし時にも、最も高邁なるローマ人もかかる場合ピリピにて已が刃に伏したではないか。死をもって卑怯と考え、キリスト教の殉職者に近き忍耐をもって已を励ました。かくして武士道の教えうるところはここであった。忍耐と正しき良心とをもってすべての災禍困難に抗し、かつことれに耐えよ。

 腹切の姉妹たる報復もしくは仇討の制度の中にも、果たして何らかの美点を有するや否やを見よう。報復、もしくは仇討は、同様の制度もしくは習慣はすべての民族の間に行われたのであり、かつ今日でも廃れていないことは、決闘やリンチの存続によって証明される。仇討には人の正義感を満足せしむるものがある。仇討の推理は簡単であり幼稚である。刑事裁判所のなき時代にありては殺人は犯罪ではなく、ただ被害者の縁故者の付け狙う仇討のみが社会の秩序を維持したのである。それにもかかわらずこの中に人間生まれながらの正確なり衡平感および平等なる正義感が現れている。吾人の仇討の感覚は数理力のように正確であって、方程式の両項が満足されるまでは、何事かがいまだなされずして残っているとの感を除き得ないのである。しかして彼らは普通法によって罪に定めせれた。しかし民衆の本能は別個の判断を下した。切腹および敵討の両制度は、刑法法典の発布と共に存在理由を失った。

新渡戸 稲造「武士道」

2016/08/26

東洋思想が更に平和

 東洋的な仏教的な考え方の方が、社会を更に平和にし、幸福にすると思います。政治問題にしても、今の社会が不安なのは、自国中心の考え方が各国に強いからで、この点でインドは偉いと思います。ガンジーに次いでネルーの政治思想は。極めて東洋的的で、日本へあっさり賠償放棄を宣言したのは、他の国では見られぬやり方です。
 これを考えると、米ソ共に政治家の考え方はずっと古くて幼稚ではないでしょうか。自国への執着心が強い国は、戦争が絶えないでしょう。軍縮などは、なまぬるい休止期な政治的な考えで、宗教的解決ではありません。ガンジーの無抵抗主義は、軍備された英国すら負かして、インドは平和に独立しました。もしインドが抵抗的革命をとったなら、今日の独立はずっと遅れたでしょう。
 目下フランスはアルジェリア問題で、オランダはインドネシア問題で悩んでいますが、いずれも自己本位の植民地政策をしているからで、そんな立場を、宗教的にあっさり棄て去ったなら、どんなに気が楽になるでしょう。力を盾にしている欧米の政治家の立場は、まだ古くさいのです。
 歯で歯をという形にに、まだこびりついているのです。東洋的解決で政治をたかめようとするインドに将来の希望を感じます。
 平和、平和と口ではとなえてもハンガリアを力ずくで抑えている限り、ロシアは決して信用されないでしょう。あっさり撤兵したら、世界からどんなにか敬念を払われたでしょうに。イギリスがエジプトに力で進駐したのは、その歴史に永遠の汚点を残したではありませんか。そう考えると、韓国の李承晩大統領のやり方、西洋かぶれで少なくとも登用思想を生かしていないと思います。アメリカのような自由な国民が率先として力の力の政治を法規したら、もっと世界を導いてゆけるでしょうに。中国はロシアを真似るべきでなく、もっと登用本家の精神を輝かすべきでありましょう。

柳旨 悦 「随筆集」

2016/08/25

孝行に五段の差別

孝行に五等の差別あるは、いかなる故にてご座候や。

   人間尊卑の位に五だんあり。天子一等、諸侯一等、執政者一等、士一等、庶民一等すべて五等なり。天子は天下をしろしめす、御門の御くらいなり。諸侯は国をおさむる。大名のくらいで、執政者はてんし諸侯の下知うけて、国天下のまつりごとをする位なり。士は執政者につきそいて、政の諸役をつとむる、さぶらいのくらいなり。物作を農といい、しょくにんを工といい、あき人を商という。この農工商の三はおしなべて、庶民のくらいなり。孝徳は同一体なれども、位によって事に大小高下あるゆえに、そのくらいの分際相応の道理を後世凡夫のために、分変をときあきらめ給う。たとえば孝徳は大海のごとし。五等のくらいは器のごとし。器ににて水をくむに、大小方円のもようはかれども、水はおなじ水なるがごとし。むかし聖人の御代には、人間のくらい五等のほかはなきゆえに、五等の孝を発明し給う。

中江 藤樹「翁問答」

2016/08/23

人殺しの罪の動機

 眼が美しいものを、金銀やその他すべてのものを見て喜び、また触角が対象との共感を喜ぶように、他の諸感覚にも特に喜ばれるような特性が形態的なものの中にある。かつまた、この世の名誉にも、支配と制服との権力にも、それ特有の魅力があり、そこからまた自由の欲求が起こるのである。しかし我々は、これらすべてのものを得るために、主よ、汝から離れ、汝の律法に反してはならない。我々がこの世で送る生活にも、その特有の魅力と、これらすべての地上の美しいものとの調和とによって、人を惹きつけるものがある。愛の絆によって結ばれた人間の友情も、多くの魂の一致の故に、愉快なのである。すなわち、これらすべてのもののために、又これらに似たもののために、罪は犯されるのである。すなわちこれらのものは最も低い善であるのに、それらを甚だしく愛好することによって、高い善と最高の善が、主よ、私の神よ、汝が、汝の真理と汝の律法が見捨てられているのである。これらの最も低い善、歓喜を与えるけれども、万物を創造し給うた私の神のようではない。義しいものは彼の中に喜び、そして彼こそ心の義しいものの歓喜なのであるから。
 犯罪について、なぜそれが行われたかを調べる時、我々が先に最も低い善と読んだ諸物の中にある物を得ようとする欲望、またはそれを失う恐怖の存在したことが明らかでない限り、我々は夏得しないのが常である。これらのものは、それらよりも高く、人を浄福にする諸善に比べると、低く、賤しくあるけれども、それでも尚美しく、立派である。
 ある人が人殺しをした。なぜ彼は人殺しをしたのであるか。その人の妻に恋慕したか、あるいはその人の地所を手に入れようとしたす、あるいは生活の資を得るために略奪しようとしたか、あるいはその人のためにこの種のものを奪われることを恐れてか、あるいは害を加えられて復讐の念に燃えていたか、その何れかである。彼は何の理由もなしに、ただ殺すことを楽しんで、人を殺したのであろうか。誰がこのようなことを信じるであろうか。歴史家は、ある無情で残忍な男について、彼はいわれなしに凶悪残忍であったと語っているが、しかしこの男にも理由らしいものが挙げられている。彼は、「怠惰のために手や心が萎縮しないように」7というのである。これは何のためであるか。その理由は何であるか。それは明らかに、そのような凶行によって、ローマの都を手中に収めた後、名誉と富を獲得し、法律の恐怖と財政の窮乏と良心の呵責による困苦を免れるためであった。それゆえ、カティリナさえ、自己の犯行を好んだのではなく、、まったく他に好むものがあって、そのために罪を犯したのである。

聖アウレリウス・アウグスティヌス「告白」

2016/08/22

死を生に対立した存在

 無と闇とのある類似性が認められている。目が闇を見ることができないのと同様に、知性は無を思考することができない。まさにこの紛れも無い類似こそ、我々をそれらの共通な起源に導く。
 無は存在の対立物として、東洋的想像力の産物である。この東洋的想像力は、実在しないものを実在と考え、死を独立した絶滅原理として生に対立させ、光に夜を、あたかも夜がたんに光のたんなる不在にすぎないのではなく、独立した積極的なものであるかのように対立させる。
 したがって光に対立されたものとして夜が実在性をもつ程度に、あるいは持たない程度に、あるいはそれ以下に、実在一般の対立物としての無は、根拠および理性的実在性をもち、あるいはもたない。
 しかしながら、夜が実体化されるのは、ただ次のような場合にかぎられる。すなわち、人間がまだ主観的なものと客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的なものとを区別しない場合、人間が自分の主観的な印象と感覚を客観的な性質とする場合、人間の表象の視野がまだきわめて狭い場合、人間の自分の局所的な立場を世界、宇宙そのものの立場と考える場合、そのために、自分にとって光の消失を現実の消失とみなし、闇を光源そのものである太陽の消失と考える場合、そしてまさにそのために彼が、光に敵対する特殊な存在を仮定しないと、暗くなることを説明することができず、日食の時にはそうした存在を太陽と戦う竜または蛇の姿として見る、そういう場合である。光に敵対する特殊な存在としての闇は、その根拠を知的な闇のうちにのみもっている。つまりされは空想のうちのみ存在する。


ルートヴッヒ・アレンドレアス・フォイエルバッハ「将来の哲学の根本命題」

2016/08/21

戦争理想化から現実化の自覚

 わたしはある新聞で、人の心には名誉を欲する貴い要求があって、根こそぎぬくことは難しいから、戦争というものは耐える時がなかろう、とくわしくのべた論文を読んだ。
 この戦争賛美者は、感激とか、正当防衛とかで、戦争を多少理想化してだけ考えているが、もし彼等がアフリカの戦場の一つである原生林を旅して、重荷に堪え難くて倒れ、さびしく路上に死んだ人夫らの死体をあいだを歩いたらとしたら、また、原生林の暗黒と静寂の中で、その罪もなく霊感もない犠牲者を前にして、戦争とはそれ自身どんなものであるかを考えたとしたならば、彼等も自覚するに到るであろう。

 各国の白人は、遠い国々を発見して以来、有色人種のために何をして来たろうか。イエスの名を飾りとしたヨーロッパ人が入り込んだところでは、すでに多くの種族は死に絶え、あるものは耐えようとし、あるいは減少して行く。この一事実はそれだけでも何を意味するか! 有色人種が数世紀にわたってヨーロッパ人から受けた不正と残忍さとを誰が記録できるか? われわれがもたらした火酒といまわしい疾病とが有色人種のあいだに生んだ不幸を誰が測りえようか!
  われわれも、われわれの文化も、ひとつの大きな責任を負っている。われわれはかの地の人々に全をおこないたいとか、おこないたくないとかの自由をまったくもたない。おこなわなければならないのである。われわれが彼等に善をおこなうのては事前ではなくつぐないである。
 
 不安と肉体の苦痛とがどんなものであるかを、体験した者は、全世界でつながりをもっている。神秘なひもが彼らを結んでいる。彼らはみなたがいに、人間を征服できる恐るべきものと苦痛からのがれたいことを知っている。一度苦痛を不安を知らされた者は、人力のおよぶかぎりこれを防ぎ、自分が救われたように他人にも救いをもたらそうと助力しなければならない。

アルベルト・シュヴァイツェル「水と原始林のはざまで」

2016/08/20

征韓論と文明開花による正義の犠牲

 私は、アメリカ合衆国のマシュー・カルブレス・ペリー提督こそ、世界の生んだ偉大な人類の友と考えます。ペリーの日記を読むと、彼が日本の沿岸を攻撃するのに、実弾にかえて賛美歌の頌栄をもってしたことがわかります。ペリーに課せられた使命は、隠者のくにの名誉を傷つけることなく、また生来のプライドを棚上げしたままで、日本を目覚めさせるという、実に微妙な仕事でありました。彼の任務はほんとうの宣教師のしごとでありました。「天」からの大きな助けによって、世界を治める方に捧げる多くの人々の祈りとともに、はじめて達成される仕事であります。世界の国を開くにあたり、キリスト信徒の提督を派遣されて国は「まことに幸いなるかな」です。
 キリスト信徒の提督が外から戸を叩いたのに応じて、内からは「敬天愛人」を奉じる勇敢で正直な将軍である西郷隆盛が答えました。二人は、生涯に一度もたがいに顔を合わせることはありませんでした。たがいに相手を称えることも聞いたことがありません。だが、二人の生涯を描こうとする私どもは、外見はまったく相違しているにもかかわらず、両者のうちに宿る魂が同じであることを認めます。知らぬ間に二人は共同の仕事に参加し、一人が始めた仕事を、残る一人が受け継いで成就したのです。このように、ただのくもった人間の目には見えなくても、思慮深い歴史家の目には見事に「世界精神」が「運命の女神」の衣装を織りなすのがわかります。

  西郷隆盛は、日本がヨーロッパの「列強」に対抗するためには、所有する領土を相当に拡張し、国民の精神をたかめるに足る侵略策が必要とみたのです。西郷には日本国が東アジアの指導者であるという一大使命感が、ともかくあったと思います。
 征韓論ほ抑えたことにより政府の侵略策は全て消え、日本国はいわゆる文明開化一色となりました。それとともに、真の侍の嘆く状況、すなわち、手のつけられない柔軟、優柔不断、明らかな正義をも犠牲にして恥じない平和への執着、などがもたされました。

 内村 鑑三 「代表的日本人」一西郷隆盛

2016/08/19

平時は保護し戦時は徴兵する兵制

兵 制
 しかりといえども各地について徴兵の情を察するに、父母に別れ家郷を離れ、遠く戦地に苦役せらるるを悲しみ、規避百端、ついに泣訣し伍に入る者すくなからず。已に戦地にあっては、将校の節制を受け、奮前決闘をよく死を致すといえども、死報家にいたれば、親戚哀痛限りなく、老者あるいはこれが為に命永を縮むるに至る。新たに徴兵せらるる者は、これを視て規避をなすまた前日の比にあらず。かつ曰く、租已に軽からず、また戦いに没せられる。曰く、死傷すれば一家飢餓を免れずと。彼の少壮戦地にあって決死するの状は已に長上の視る所にして、父老の郷里にありて哀痛するの情は、未だ長上の知らざる所なり。
 その地出るの子、戦死して髪の毛家に到る、老父悲嘆ついに病に臥して立たずと。西賊の猛威なるに当てや、常兵の乏しからんを慮り、輩下の巡査を派遣し、また新たに召募し、その足らざるを補う。それ巡査は不慮をいさめ遺誡をただすをもって職とし、軍属の人あらず。故にその発遣の日、これを辞せんと欲して能わず、ゆうゆう途に上る者あり。軍給の平日より多きを利し、自ら出で切求する者あり。しかれども元と迫撃を好み拿捕を能くするの性質を有し、志願を以ってこの勤に服するを以て、賊を切り塁を抜き、毎々寡黙を奉するに至れり。即ち兵制や、平時は人民を保護し、事あれば近衛六類の羽翼となる。軍国に益する、あに少々ならんや。

木下 真弘「維新旧幕府比較論」(社会)

2016/08/18

戦争は政府の道具と賭博

 政府は、戦争を道具として使役する。そこで政治は本性から必然的に生じる一切の峻厳な帰結を回避し、また遠い将来にに可能となるような成果などには眼もくれずに、ひたすら手近かにある確からしい成果だけに心を配るのである。そのために事態全体が甚だしく不果実なものとなり、戦争は一種の賭博となる。そこで各国の内閣に操られる政治は、この博打における練達な技量と洞察力とにかけては我こそ敵に勝る天晴れな者よと、自負して、互に功技を競い合うまである。
 このようにして政治は、戦争の本領、即ち何ものをも征服せねば止まぬ激烈な性質を骨抜きにして、戦争を単なる道具に化すのである。本来の戦争は、いわばもろ手で柄を握り懇親の力をこめて振り上げ、一度打ちこめば二度とやり直しのきかない太刀のようなものである。ところが政治の手にかかると、この太刀も華奢な細身の剣となり、それどころか時には試合力ともなり、政治はこれをもって突き、ファント、パラド等の技を自在にこなすのである。

カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」

2016/08/17

孫氏ー能自而全勝也ー専守防衛勝利

「孫氏」 第四 形篇 一  孫氏はいう。昔の戦いに巧みな人は、[まず味方を固めて]だれにもうち勝つことのできない大勢を整えたうえで、敵が[弱点をあらわして]だれでもがうち勝てるような態勢になるのを待った。だれにもうち勝つことのできない態勢を[作るの]は見方のことであるが、だれもが勝てる態勢は敵側のことである。だから、戦いに巧みな人でも、、[見方を固めて]だれにもうち勝つことのできないようにすることはできても、敵が[弱点をあらわして]必ずだれでもが勝てるような態勢にさせることはできない。そこで、「勝利を知らていても、それを必ずなしとげるわけにはいかない。」といわれるのである。だれにもち勝てない態勢とは守備にかかわることである。だれもが打ち勝てる態勢とは攻撃にかかわることである。守備をするのは[戦力が]足りないからで、攻撃をするのは十分の余裕があるからである。守備の上手な人は大地の底にひそみ隠れ、攻撃の上手な人は天界の上の上で行動する。[その態勢をあらわさない。]だから見方を安全にして、しかも完全な勝利をとげることができるのである。

2016/08/16

哲学の体系は戦闘的な防圧

 蜂の巣の中にただ一匹の女王蜂しかありえないように、日程に上る哲学は一つのみである。つまり体系というものは、くものように非社会的なものである。くもはそれぞれ単独で自分の巣の中に構えていて、何匹のはえがそこにかかるのを見守っているが、しかしほかのくもにはただ戦わんがためにのみ接近していくのである。こうして、私人たちの作品は子羊のように、柔和に相並んで生を楽しんでいるのに、哲学上の著作は生まれつきの猛獣であり、それに加えてその破壊欲においても、さそりやくもや二三の昆虫の幼虫のように、主としてその同族のものをめがける傾向をもっている。
 そして今日にいたるまでこの兵士たちのように、すべてが互いに力尽きるまで激戦し合っているのである。この戦闘は、すでに二千年以上も打ちつづけている。その中から、いつか最後の勝利者と恒久平和が出現するようになるであろうか。このように哲学の体系は主として戦闘的な性質をもち、それらが万人の万人に対する戦いを現じているために、哲学者として勢力を得ることは、詩人として勢力を得ることよりも、無限に困難なことである。なぜといって、詩人の作品が読者に求めることは、読者をたのしませあるいは感奮させる書物の系列の中に歩み入ってきて、たかが一、二時間の関心を傾けるというだけではないか。
 これに反して哲学の著作は、読者の考え方をすっかりくつがえそうとするものであり、読者がこの種のものに関して今まで学び信じていた一切のものをみずから誤謬とし、それに費やしてきた時間と労力を無駄と断じ、そしてはじめから出直すことを読者に求める。それが存続させるには、たかだか一人むの戦陣の遺跡の二三にすぎず、そしてこれを自分の基礎として使用するのである。その上、哲学的著作にとっては、既存の体系の読者の一人一人が公儀上の敵対者であり、それどころか、時には国家でさえも自分に好ましい哲学体系の保護者となり、その強力な物資的手段によってあらゆる体系の出頭を防圧するのである。


アルトゥル・ショーペンハウアー「知性について」

2016/08/15

全国戦没者追悼式 【日本天皇陛下】

 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に71年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。
 ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
平成28年8月15日(月) 日本武道館【日本宮内庁】

  On this Day to Commemorate the War Dead and Pray for Peace, my thoughts are with the numerous people who lost their precious lives in the last war and their bereaved families, as I attend this Memorial Ceremony for the War Dead with a deep and renewed sense of sorrow.
  Seventy-one years have already passed since the end of the war, and our country today enjoys peace and prosperity, thanks to the ceaseless effort made by the people of Japan, but when I look back on the sufferings and tribulations of the past, I cannot help but be overcome with deep emotion.
   Reflecting on our past and bearing in mind the feelings of deep remorse,  I earnestly hope that the ravages of war will never be repeated. Together with all of our people, I now pay my heartfelt tribute to all those who lost their lives in the war, both on the battlefields and elsewhere, and pray for world peace and for the continuing development of our country. 

August 15th, 2016 Japan Budokan【Imperial Household Agency in Japan】

生と死の謎

 精神は諸々の生関係とそれに基く諸経験とを全体に総括しようとするが、それを果たし得ない。生殖、誕生、成長及び死が一切の不可解の中心話である。生けるものは死について知っているが、しかし、死を理解することは出来ぬ。死者を初めて見たときから死は人生にとって理解すべきからざるものである。
 そうして我々が世界に対して何か他のもの、異様なもの、または恐ろしきものに対する如き態度をとるのは、何よりもこのところに基いている。従って死という事実の中には、この事実を説明する想像的観念を強要するものがある。死者の信仰、祖先の崇拝、死者の祭祀が宗教的信仰や形而上学の基礎観念を生む。
 永遠の闘争、他の生物によってある生物が絶えず滅ぼされること、自然を支配しいてるものの残忍さ。これらのことを人が社会や自然において経験するにつれ、生の異様さは増大する。生活経験において次第に強く意識されてくるが、決して解かれることのない様々の奇異な矛盾が現れてくる。すなわち、一般に諸行無常なることと確固たるものに向かう我々の意志、自然の力と我々意志の自立性、時間空間内のあらゆる事物の被限定性と如何なる限界をも超越する我々の能力がこれである。今日のキリスト教の牧師の説教と同じ様に、この謎の解決に従事したのである。

              ウィルヘルム・ディルタイ「世界観の研究」

2016/08/14

世に恐る偏理者と執迷者

 世の恐るべきは偏理哲学者と、執迷的盲信者なり。彼らはその周囲に何の頓着する所なく、その見る所直ちにこれを語り、その語る所直ちにこれを行わんとす。彼ら自身即ち社会不調和の要素にして、彼らはいかなる時世らおいても、社会不調和の要素にして、彼らは如何なる時世においても、社会の治安と相容と相容されざる厄介物なり。切言すれば彼らは革命の卵子なり。経世家はいからず、時勢を観、人情を察し、如何なる場合においても、調子の外れの事を為さず。その運動予算の外に出でず。その予算成敗の外に出でず。
 彼らは恐るべき大力量あるも、殆ど恐るべき運用をなさず。故に恐るべきは、ビイマルクにあらずしてルソーにあり、島津斉彬にあらずにして吉田松陰にあり。彼らはその力量に比較して、ややもすれば大なる出来事の張本人たり。何となればその結果に頓着せずして、その前提よりも奮進すればなり。いわゆる晴天に霹靂を下し、平地に波乱を生じるもの、実に彼らの仕業といわざるを得ず。徳川時代にあにさの人なからんや。
 偏理的哲学も、冷酷なる論理のみならば、まだしものことなれども、その一たび宗教的熱気と触るるに至りては、実に甚だ恐るべきものなからず。その時においてもあたかも酒石酸水に重ソーダを投ずるが如く、こつ然として沸騰し来るなり。しこうして、徳川時代における偏理的儒教は、早くも神道と抱合し、尊王攘夷、大義名分、倒幕復古、祭政一致の理想を連互するに至れり。これあに儒教と神道との化合したる鉄案にあらずや。

徳富蘇峰「吉田松陰」

2016/08/13

「国体」からの「天皇」

 「国体」は、過去・現在・未来を通じて天皇を統治権の総覧者とする独特の国柄、という意味をもってこの用語は不可侵性を帯び、国民を畏怖させました。もともと一般的に国家の形態や体面を意味していた国体の用語が、日本独特の国柄との意味を持ち、また多様されるに至ったのは、幕末の対外的な危機の到来を引き金とします。日神の子孫である天皇が皇統を継いでいるという意味で、それも日本の比類のない価値をづけを盛り込んでいます。結果として国体論は、1) 天皇の一系支配 2) 天皇と億兆の親密性 3) 奉孝心の3つの要素をを軸とする国柄との論へゆきます。
 「国体論」は「昭和」の時代に、人びとの思想を規制するうえでとくに猛威を振いました。「昭和」に入る直前の1925(大正14)年に制定・施行された治安維持法は、第一条に「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りてこれに加入したる者は十年以下の懲役又は禁錮に処す」として「国体」の二文字を法律の条文に登場させました。三年後にこの条文は、緊急勅令をもって、国体変革と私有財産否認の二項に分離されるとともに、前者については最高刑が死刑にまで引き上げられます。そこには「国体」を「天皇制」に捉えるマルクス主義およびその運動の出現にたいする恐怖と敵意がむき出しになっていました。その国体の観念は、1931(昭和6)年のいわゆる「満州」事変以後、戦時体制化が進むとともに、人びとを精神的に動員するためのキーワードとして日本に溢れ出します。
 国体論の跳梁でした。戦時下(1937(昭和12)年-1944(昭和19)年)のキーワードを分析すると、「戦時下用語」に関しては 1)聖旨 2) 一億一心 3) 東亜新秩序 4) 御稜威 5)国体 「天皇」に関しては1) 聖旨 2) 御稜威 3) 国体 4) 大御心 5) 皇恩 でありました。
日本は国体の大本が輝いていること、日本が一大家族国家で臣民は自然の心のあらわれとして天皇に絶対に従うことが強調されました。
 されだけの畏怖性を備えるため、ほとんどだれも、正面を切って国体を否認することはできませんでした。国体は大戦後の民主主義で歴史上の名辞と化しましたが、人々を畏怖させる力を、なまの暴力性を伴って潜在させています。国体は休火山にはなったが、死火山とはなっていません。

 鹿野 政直「近代日本思想案内」




 

2016/08/12

欲望は野心と支配を動かす

 人は最も文明的な、ヨーロッパのどこかの州における人間の生活と、新インドの最も野蛮な、どこかの地方における生活との間に、どれほど距りがあるかをよく考えてもらいたい。彼は、単に援助や福祉のゆえばかりでなく、生活状態の比較によっても、まさしく「人は人に対して神である」と、当然言うことができるほど、差異があると判断するのであるろう。そしてこのことは、土地でも風土でも体質でもなく、まさに技術が与えるのである。
 さらに、発見された事物の力と効能と結果とを、見守ることが望ましい。それらは他でもないかの三つのこと、古代人には知られず、その発端はたとい近くであっても、あいまいで世に知られている三つのこと、すなわち印刷機、火薬、および航海用磁針に明瞭に示される。
 というのも、この三者は世界の事物の様相と状態とを変革したからでだが、すなわち第一はのものは文筆的なことがらにおいて、第二は戦争関係のことで、第三は航海に関することにおいて、そしてそこから、数限りない事物の変化が続いた。したがって、人間的な事がらに対して、より大きな効果および影響のごとき、及ぼしたとは見えないほどである。。
 のみならず人々の野心の三つの種類、いわば程度を区別することも、不当ではないだろう。第ーは、自分のの祖国において、自分の力を伸ばそうとと欲する人々のそれであって、この類の野心は通俗的で、また変性している。第二は、祖国の力と支配を人類の間に伸長することに努める人々のそれであって、これは前のより、品格はあるが、しかし劣らず欲望に動かされている。
 ところがもし人が、人類そのものがも全世界への力と支配とを、革新し伸長することに努めるとしたならば、疑いもなくその野心こそは、残余のものに比べて、より健全でもあればより高貴であるもある。しかるに人間の事物への支配は、ただ技術と、知識のうちにある。自然はこれに従うことなくして、命令されないからである。

フランシス・ベーコン「ノヴム・オルガヌム」


2016/08/11

きけわだつみのこえ(戦没学生の遺稿)

 自分の短い一生はもう幕切れに近づいたらしい。戦争に参加してしまえば、もうそれで自分は一生を閉じたのだ。万一にも生きて帰れたら、そしたらそこで新しい一生の一幕が上げられるのだ。そこで新たに設計して新たな生活を築こう。短い一生を回顧して、思い出ずるままに何か書き残して置きたい。それは世紀末のあわただしさ混乱に似たものかもしれぬ。これからあと、四、五十日の余命と思って、最も冷静な態度で永遠の真理を勉学することが念願だ。その余暇に、二十年ちょっとの、我が人生というにも恥しき生涯をふりかえってみたい。

 現在の人間の最も願っているものは「平和」である。平和とは何か。真の平和をいうならば武力の戦いが終わっても、資源戦、経済戦など結局人類の滅亡まで、平和は到来しないであろう。最近の書籍にちょいちょい観られるのは戦争の倫理性ということである。戦争の倫理性なんて有り得るものであろうか。人を殺せば当然、死刑になる、それは人を殺したからである。戦争はあきらかに人を殺している。その戦争を倫理上是認するなんて、一体倫理は人を殺すことを是認するのか。大乗の立場、大乗の立場と強調される。大乗の立場から戦争をみるなら何故人を殺さぬでもよいようにしないのか。人を殺している間に、大乗、小乗などの区別はあるものか。すべて悪である。死んだ人間に生を与えるなんて、近代哲学の現実に対するへつらいにすぎない。哲学はあくまでもリードするものであるはずだ。過ぎ去った者に道徳性を与えるなど、文化の恥辱、人間の自己の行為の欺瞞だ。
1943(昭和18)年東京帝国大学経済学部入学、
1945(昭和20)年5月27日 ミャンマー(ビルマ)にて21歳で戦死。

松岡 欣平

2016/08/10

自衛権の発動とは何か

 日本の満州経営は一朝一夕の事ではない。満蒙が国防上または経済上我が国にいかなる関係を有するや今更努説するけが野暮だ。我が国はこれがために一度国連を賭してロシアと戦った、その後支那政府の諒解を得ていろいろの権益をこの地方に設定した。しかるに最近彼くに官憲は種々の口実を設けては権益の完成を助ける。甚だしきは既に完成したものを蹂躙する。信義にもとって我が国人の生存発展を阻止するが如き事実は数売るにいとまない。かくして満鉄線路爆破という突発事件に機会を見つけて今次の事変が勃発したのである。
 さてそういう意味で起こったとすれば、今次事変の行き着く先はほぼ自ら明白はずだ。この事変を通じて我が国の民国に望むところは最小限において既得権益の尊重でなければならぬ。これは理においても当然であるが、しかし実際の問題になるとしかしくその範囲が明瞭でない。それは第一に既得権の内容について彼我の間に著しい見解の相違があるからである。そこで我が国はややもすると遠い外国からの侵略的なると誤解されるわけであるが、これに対して我が国官憲は断じて侵略の意志なきを中外に声言し頼りに一切の行動は自衛権の発動に外ならない旨を弁解して居る。
 満州における軍事行動は、時を経るに従って段々趣を変えて来ているようである。初めはなるほど単なる自衛権の発動であったかも私レない。今日では自衛権の意味をよほど広く取らねば説明のつかぬことが多い。しばらく一変の理屈を弄ぶを許されるなら、一体自衛権の発動として非常行動に出て得るのは、重大なる利害が不当の脅迫にあいその状態のこうむる急な場合に限るのである。普通の個人間にあってはその際相手方を必要以上に追窮するのはそれ自身また一不法行為として難ぜられるが、国際間では必ずしもしからず、禍根を絶つことも場合によっては自衛権の圏内として許され得んも、事実の認定に格別慎重の注意を加うべきは言を待たない。更に進んで自衛権の発動として達せんとする目的のうちに繋争権益の確認とか将来の保障のための新義務の負担とかを含まし得るかというに「戦争」の結果ならばいざ知らず、単純な自衛権の発動の結果としては些か無理だと思う。現に我が国は他日の撤兵交渉において永年我の主張し彼の避妊し来たり諸権益の新たなる確認を要求、排日雑貨の将来における取り締まりにつき厳重なる義務を負担せしめ、更にまた条約一般尊重の再確認を約せしめて、例えば二十一カ条問題のごとき脅迫を理由とする条約の一方的無効宣言を防ごうとして居るとやら。いずけも我が国としては至当必要の要求であるが、しかしこれを自衛権の発動の当然の要求するのはいささか理屈に合わぬと考える。しかして必要当然の要求なら何も自衛権の文字に拘泥するには及ぶまいと考える。

「吉野作造評論集」

2016/08/09

家と主観的な故郷の攻防

なじみの道と近い関係にあるのが家と故郷である。
 故郷はまさに環世界の問題である。なぜなら、それはあくまでも主観的な産物であって、その存在についてはその環境を非常に厳密に知っていてもほとんどなんの根拠も示せないからである。問題は、どんな動物が故郷をもち、どんな動物がもたないかである。
 おそらく、非常に多くの動物が自分の猟場を同種の仲間から防衛し、それによってそこを故郷にしているのがわかるだろう。任意の地域を選んでそこに故郷領域を描きいれてみると、それはそれぞれの種について、攻撃と防衛によって境界線がきまる一種の政治地図のようなものになる。しかも多くの場合、空いた土地は一つもなく、いたるところで故郷と故郷がぶつかりあっていることが明らかになるであろう。
 猛禽の巣と猟場の間には、中立地帯があり、彼らはそこでは普通いっさい獲物を襲わないという、大変注目すべき観察がある。この環世界の区分は、猛禽が自分のひなを襲うのを防ぐために自然によって与えられたものだと鳥類学者は考えており、おそらくこの推察は正しいであろう。よく言われるように、ひなは巣立ちして親の巣のそばで枝から枝へ跳んで過ごす時期に、自分の親に過って襲われるという危険に遭いやすい。このため、ひなは保護地域である中立地帯で数日間安全に暮らすのである。この保護区域にはいろいろな小鳥がやってきて巣を作り、ひなを育てる。ここなら大型の猛禽に守られて、安全にひなを育てられるからである。

ヤーコプ・フォン・ユクスキュル「生物から見た世界」